介護職への転職前に!知っておきたい体験談とは?

 

介護職が注目されている中、転職する前に知っておきたい体験談を紹介しています。
介護に興味がある方はぜひ参考にしてみてください。

 

親の介護をしてみて感じたこと

 

3年ほど前、母親の転倒事故をきっかけに親を介護しています。
それまで考えたこともなかったことが日常になっている日々の生活で様々なことを感じています。

 

高齢化社会になっている日本の現状を老々介護として報じるニュースもよく目にします。我が家では、80代の両親を50代の私が面倒を見ながら生活していますので、一般的な話とは少し違うかもしれません。

 

当初、転倒事故を起こすまでは母の状態は健康体そのもので特段注意を払うこともなく生活できる状態でした。それが、転んで頭をぶつけたことで硬膜外血腫を起こし、それに伴い体の状態は驚くほど自由を失いました。

 

一人での歩行には杖や押し車、それに家の中には転倒防止のクッション材、浴室の入浴補助具、手すり等々の物理的な変更の必要性に迫られました。

 

介護保険申請の為、それまでは無縁だった社会保険事務所とのやりとりをやることで、現場に来られるケアマネージャーの方々の献身的な対応に感心しつつ、やりとりに必要とされる書類の多さと申請承認までにかかる時間の長さにギャップを感じることが多々ありました。

 

公的な資金を使う介護の場合、公平性を保つために複数の人間が関わり、公平な判断を下す必要があることは重要なことは理解できるものの、体の自由が利かない状態になっているのがケアマネージャーさんの判断が出ても必要とされる部材をレンタルするのに数ヶ月の書類審査待ちもあるらしく、大半の必要な用品は購入しました。即急な対応を期待する場合には、公的なサービスよりは民間のサービスを利用せざるおえないことも多々ありました。

 

介護にかかるサービスには運用面での改善を期待したいというのが、申請手続きをしての実感です。
家族のあり方の考え方が激変している日本で、昔であれば、親の面倒を子供が同居あるいは近くで面倒を見ていたものが、今では、社会全体での介護という趣旨のニュースをよく見かけます。

 

介護のために、食事の介助、入浴介助等々の生活のあらゆる行動に目を配り、手を貸す状態での生活には精神的な負担と肉体的な負担は想像以上のものです。

 

これから先、状態の悪い老人を少し状態の良い老人が介護する家庭の数は急激に増えるのは容易に想像できます。しかし、この時どこまで介入しどこまで手を貸すべきかの判断と実行は、非常に難しいものだと思われます。これこそ、家族というものの在り方に対する認識の差異がトラブルの元にもなる可能性をも含んでいると思います。

 

親の介護を通して、家族というものに色々考え自分も歳をとることに恐怖を感じることが多くなりました。
日本社会全体の経済情勢が上向き、社会全体に金銭的精神的余裕が生まれることが介護に対する寛容さが広がることに期待したいです。

 

認知症の母を介護したこと

 

母は83才で、認知症のため、この四月より特別養護老人ホームで、職員さんにお世話になりながら生活しています。

 

私が母の異変に気づいたのは、六年前に父が他界してからでした。
母にとって、父は良き話し相手であり、また「夫の世話は自分がしなければ」という使命感があったと思います。
その父を亡くし、一人暮らしになって、認知症が発症したと推察します。
人は、自分だけのためは生き辛いものです。
「誰がの役に立っている」という思いは、生きる張り合いだと思います。

 

母は、認知症が進むと、自分の食事も作らなくなり、手軽に食べられる菓子パンやおにぎりなどコンビニでを買うようになりました。
また、連日同じ服装をして、洗濯も怠るようになり、徐々に日常生活に支障をきたすようになりました。
そんな中、2年前に母は心臓を患い、入院しました。

 

その際、生活環境がガラッと変わったせいもあってか、看護師さんより、今までの母と全く違う状態の様子を聞き、困惑しました。
ベッド上に立ったり、点滴を引き抜いたり、あまりの母の豹変ぶりに驚き、先行きが思いやられました。
でも、自宅に帰ってみると、いつもの穏やかな母に戻り、「やはり慣れていなかったからだ」とホッとしました。

 

そして退院後から、病気のこともあり、本格的な母の介護が始まりました。
母は一人暮らしなのですか、近くに兄夫婦と私夫婦がいる為、薬や食事、洗濯などの日常のサポートを交互にすることになりました。
誰かが毎日一度は母の様子をみる事になり安心したものの、 一人で暮ら している事が気がかりでした。

 

私は四年前に脳出血したため、少し不自由な身体となり、もう以前のように母を手助けてしてやれません。
やれる事が限られてくるため、母に対しては、自分が出来る事は精一杯やってきたつもりです。
同居してやれば、母も何とか自分の事ができたかもしれませんが、私は夫と二人生活で、これ以上、夫に負担をかけたくありませんでした。

 

この四月初めに、特養ホームより、空きが出たので、入所するか否かの連絡がありました。
母の状態からして、皆のサポートがあれば、もう少し一人暮しができるのではないだろうかと迷ったのですが、それを断れば、次に連絡がいつ来るかわからないので、入所を決断しました。
突然の話であり、決断するのも1週間足らずでした。
この辺の判断が難しいところですが、感情的にならず、冷静に現状を考えねばと思いました。

 

そして母は、特養の施設でお世話になることにより、私をはじめ皆も母を心配する気苦労はなくなりました。
でもこの決断は良かったのだろうかと、自問自答する時もあります。
ですが、これからは、母が特養ホームで快適に生活できるように前向きにサポートしていきたいと思っています。

 

祖父を自宅で介護していた話

 

私は23歳の大学生です。大学は実家と同じ県内にあるのですが、なかなか交通の便がよくないので大学生になって自宅を離れ、1人暮らしを始めました。私が家を出たので実家には親と大学生の妹が住んでいます。

 

夜明けの時間に私の携帯が鳴ったのは大学3年生の夏のことでした。母が泣きながら「おじいちゃんが家で倒れていた、救急車を呼んで今病院にいる。」と言っていたのを覚えています。私はすぐに実家に飛んで帰りました。

 

祖父の家は私たちの実家から車で約15分の山の中にあります。祖父は祖母が亡くなってから、私たちが実家においでというのを拒否し続け、1人で生活していました。その家は祖父が小さいころから住んでいたという家なので愛着があったのでしょう。

 

母や妹は毎日電話をしており、連絡は欠かさなかったのですが、その日は電話に出ず、最初は寝ているのだろうと思っていた母もさすがに心配になって夜中に様子を見に行ったら、倒れていたとのことでした。

 

幸い、祖父は一命をとりとめましたが、言葉を上手く喋れなくなってしまい、体の様々な機能も相当低下していました。倒れた原因は脳腫瘍です。半年前ほどに受けた検診ではなんともなかったのですが、予想以上に早く進行していったようです。

 

それから祖父の生活をどうするか、家族で話し合いました。祖父は介護施設に行くのをいやがっていたのと、残り少ないであろう祖父との時間を少しでも長く一緒に過ごしたいということで私たち家族は自宅で介護することに決めました。

 

ほとんど母が世話をしてくれたのですが、やはり介護の大変さは経験してみないとわかりません。私も大学が忙しくないときは帰宅し、祖父の介護用ベッドの隣に布団をしいて、祖父がトイレに起きたときに付き添えるようにしていました。

 

私が気づかずに祖父がベッドから出て、転んでしまったらどうしようという不安で一睡もできなかったのを覚えています。祖父は言語機能を病気でやられてしまったのですが、私たちの言っていることはわかるようで、コミュニケーションは最初のうちはなんとか取れていました。

 

月の行事を祝ったり、祖父の昔ながらの友人を招待して話を聞いたりと、楽しいこともたくさんありました。身体が悪くなり、言葉が話せなくとも、たとえずっと寝ていてもそこにいるということが私たち家族が安心できるところでした。

 

祖父の自宅介護は1年半ほどで終わりました。祖父は家族に見守られながら、私たちの実家で旅立ちました。私は祖父の介護をやりきった母や父をとても誇りに思っています。今でも介護中に大量撮った祖父の写真を眺めながら懐かしんでいます。

 

在宅介護の限界 現代に合った介護のあり方

 

平均寿命の上昇、核家族化もあって、年々問題になっている老老介護。介護疲れによる心中や殺人事件も日々ニュースで耳にします。
親兄弟、配偶者がいれば誰しもいつかは直面する介護ですが、大変、苦痛、自由がなくなるというようなマイナスイメージばかりが先行します。

 

私も40代。両親は70代です。今はまだ両親とも元気でいてくれていますが、いつ介護をすることになってもおかしくない年齢です。ですが心の準備は全くできていません。

 

親に介護が必要になるという近い将来の現実をまだまだ受け止めたくないので、先のことはなるべく考えないようにしているのが現状です。しかし100%確実にその将来はやってくるのです。

 

15年ほど前、私の母も自宅で祖父と祖母の介護をしていました。母はまだ50代でしたので老老介護ではありませんでしたが、体力的にも精神的にとてもきつかったと今でもことあるごとに口にします。

 

そのころ私は家を出て一人暮らしをしていたので、祖父、祖母の介護を一緒に手伝ってはいません。むしろ実家に帰ることを避けていました。

 

父も一緒に暮らしていましたが、結局介護するのは母一人のみ。母はどれだけ辛かっただろうか。その時は母の負担を軽減しようという気づかいが全くなかったなと、今になってとても反省しています。

 

たった一人で親や配偶者の介護を背負っている人は世の中にたくさんいるのだろう。介護は家族みんなで協力し合ってするのが理想だけれども、離れて暮らしていたり、仕事を持っていたり、核家族ではそうもいかないのが現実。
私は一人っ子で未婚なので、将来親の介護は私一人ですべてを背負います。果たして私も母と同じように一人で介護ができるのだろうか。しかも仕事をしながら。

 

そう考えると、人間は本来、昔のように大家族で暮らしていくことを前提としているのかと思うのです。親子三世代、四世代が一つ屋根の下で、老人を子と孫が協力し合って大勢で介護をする。これが基本的な人間の営みなんではないだろうか。

 

核家族化、少子化、未婚者の増加に直面しているこの現代が仮に人間の基本的な営みから外れているのだとしたら、昔と同じような「在宅介護」は少々無理があるというもの。現代に見合った介護方法をとるべきなのかもしれません。

 

老人ホームなど介護施設を利用する、デイサービスを最大限活用するなど、もっと積極的に介護サービスに頼るべき時に来ているのだと思います。「自分で介護をしない」=「見捨てた」という意識はもう捨てるべきなのです。

 

そのためには、介護施設の増設、介護福祉士の増員、介護費用などなど解決させなければならない問題は山積みですが、まずは一人一人の意識改革も必要だと感じます。
先送りはできません。介護は負担だという意識が減っていく成熟した現代社会に変化するときなのです。